既卒になった時に読みたい就職活動の進め方ナビ

体験談(6)自分に素直に生きる

既卒者の中には「将来についてきちんと考えないと」と悩んで行動できなくなってしまう人もいるのではないでしょうか。

今回、会社員、東京でのフリーター生活、公的機関にて就職支援をする側、とさまざまな経験をしてきた方にインタビューしました。

その時々で何を考え、何をしてきたのでしょうか?

既卒の就職活動の参考にしてくださいね。

■名前:Y.Nさん
■大学:経営情報学部卒

新卒入社した会社にて3年働いた後、東京での2年間の生活を経て、就職支援に関わる公的機関で働く。

焦りから始めた農業インターン

ー学生時代はどのような活動をしていたのですか?

勉強はあまりしていませんでした。
お昼ごろに大学へ行って、友達と学食を食べて、帰って、夜は飲み会、という毎日でした。

他には、地元でコンビニの店員やうどん屋さんでアルバイトをしていたくらいですね。
私の大学には公認サークルが無かったので、サークルや部活動もしていませんし、先輩と親しくなるような機会もありませんでした。

本当に、普通の大学生だったんです。

ちょっと変わったのは大学4年生の時ですね。
何となく「このまま大学終わっていいのかな」という焦りもあって、2週間の農業インターンに行ってみたんです。
そこで、大きなショックを受けました。

全国から有名な大学の子たちばかり来ていたのですが、話を聞くと遊びも満喫しているし、将来のこともしっかりと考えている。

ボランティアをしたりといったこれまでの自分の体験を、人に話すことも出来ている。

その頃の私は、有名大学の子たちは頭はいいけど勉強しかしていないんだろう、なんて思っていた節があったんです。

それが、一人で海外へ行ったとか言ってて、何だかかっこよかった。

「おいおいオレは飛行機すら乗ったことねえぞ……」とかなり置いて行かれたような気持ちになりました。

農業インターンへの参加意識も「ヒマだからやってみようかな」という自分とは全然違う。
農業に対しての意識や意見をしっかりと持っていました。
みんなすごいなと思うのと同時にすごい挫折感を味わいました。

自分には人に話せるような体験が1つもないなと思い、4年生の2月にあわててイギリスへ行きました。
バックパックを持って、2週間の一人旅。

農業インターンで出会った人たちがみんな1人旅に行ってたので、何をしていいかわからないが「とりあえず1人旅しよう」と思ったんです。

イギリスへ行ったのは、ビートルズとサッカーが大好きだったからです。英語はさっぱりわかりませんが、楽しい旅でしたよ!

毎日マクドナルドとケンタッキーとバーガーキングへ通って、身振り手振りで注文をしていました。

就職活動の進め方

ー就職活動はどのように行なっていましたか?

就活は4年生になってからはじめました。
大きな合同説明会もいくつか行きましたが、大手企業ばかりで、自分にはあまり現実感が湧きませんでした。
大学が主催した企業説明会もあまり利用しませんでした。

実際によく利用したのは、リクナビやマイナビといったサイトです。

選考が進む合間に別の会社に応募していて、常にエントリーしていたのは3、4社くらいです。
職種や業種は絞らずに、幅広く受けていました。

結果、入社を決めたのは、DVDや本の販売・レンタル店を運営している会社です。

時期は4年生の7月頃。
それまでに不動産会社などからも内定が出ていましたが、すぐこの会社に決めました。
本や映画、音楽が大好きなので、関係する仕事ならばきっと楽しいと思ったからです。
あとは、和歌山、三重、大阪で経営展開しているので、転勤によって1人暮らしができるということと、転勤しても近畿圏内と決まっていることも魅力でした。

ちなみに、好きな映画は邦画だと『リリイシュシュのすべて』とにかく衝撃的でした!
映画は、そのなかに答えがない。こちらの捉え方次第で色んなものがみえてくるのが魅力ですね。

3年間の勤務を経て退職

ーどのような仕事をしていたのですか?

最初の会社では、1年ごとに転勤をしていて、最終的には店長代理を任されるようになりました。ステップアップはしやすい会社でしたね。

仕事内容は、店舗勤務なのでレジや品出し、アルバイト管理(40人を2人くらいで管理)、発注などです。

仕事ですか? もうすごく面白かったですよ。

残業や夜勤もありましたが、特に気になりませんでしたし、お給料も、職場の仲間も、仕事内容も、どれも満足していました。

自己成長していたかはよくわかりませんが、無理せずできたというか、仕事が合っていたんでしょうね。

ーそれなのに、なぜ退職されたのですか?

ひどい言い方なんですが…
ある上司を見て「この人みたいにはなりたくない」って思ったんです。
それでこのままここにいるとダメなんじゃないかなって思ったんです。

自分の将来を不安に感じました。このままなんとなく働いて、自分で何かを選ぶ力を身に付けないまま年を重ねるんじゃないかなって。

会社も、熱く語るような人を少し暑苦しく思うような社風というか、ただ真面目にやっているのはどんくさい、と感じるような所があって、そこで一生働くイメージを持てなくなっていたのかもしれません。

そんな風に、何となく違和感を感じていたタイミングで、高校からずっと仲のいい友達2人が「仕事を辞めて東京へ行くので、お前も一緒に来ないか?」と誘ってきたんです。これが東京へ行く直接のきっかけになりました。

当時はちょうどリーマンショックのあった年で、会社には引き止められませんでした。
何かやりたいことがあるから辞めたのでも、仕事や会社が嫌だから辞めたのでもありません。
社会人3年という区切りを迎えて、ちょっと冒険してみたいな、色んな世界を知ってみたいな、という気分でした。

東京での生活

ー東京は何をしていたのですか?

東京では友人含め3人でアパートをシェアして過ごしました。
2人の友人は、それぞれ美容師や家電の販売員として働いて、私は、飲食のお店でフリーターとしてアルバイトをしていました。

2年間の生活は、とにかく楽しかったです。行って良かった!

「上京する」という言葉の意味を体感しましたね。
東京は何かを始めたいと思ったらやりやすい、実現しやすい土地だと思います。情報も人も集まって、マーケットの規模も違いますから。

私たちの暮らしていた地域は東京の西側、中央線沿いのまちでした。
中央線というのは、阿佐ヶ谷や中野、高円寺など、活気ある商店街を持った、面白いまちがたくさんある沿線なんです。
おばさんやおじさんのやっている古いお店に混じって若者が古着屋をしていたり、若者と地元の人とが混在して独特の雰囲気があって。
そんなまちで飲食業をしていると、色んな人と出会えました。
デザイナー、歌手、モデルさんから、パリに個展を出しているようなカメラマン……

その頃の私は、人から色んな趣味をもらいました。
登山、フェス、音楽……みんなその人独自の色を持っていて、普通の人って思っていた人から色々な影響を受けて普通の人なんていないんだなと感じました。

どんな人でも、誰かを感化するものを持っていて、色んな人との出会いにすごく感謝しました。

アルバイトをしながら、「自分がお店を持ったとしたら、普通の人にスポットを当てられるような、何かしら焦点をあてるような、そういう店をしてみたい」という思いが生まれました。

だから、大阪へ帰ってきたのは、決して東京での生活が嫌になったわけではないんです。
むしろ、今でも東京は大好きなまちです。

3人の間では、東京暮らしは2年間という暗黙の了解があり、「一生暮らすならば、地元大阪で」という気持ちもあり、大阪へ帰ってきました。

飲食業希望から公的機関での仕事へ

ー大阪に戻ってきてからのことを教えてください

大阪に戻ってきて最初は「やっぱり飲食がしたい。お店を出したい。」と思っていました。

年間の試算表を作ったり、メニューを考えたり、とにかく店の運営について考えることも好きだったんです。

そこで、お店を出す前にまずは食の世界で修行をしたいと考えました。
でも……大阪では働きたいと思える飲食店を見つけられなかったんです。

東京では、仕事を探すときは「街」から探していました。
面白そうな駅、商店街を巡っていると、魅力的なお店はいくらでも見つかったんです。

でもその時の僕は、大阪の街からそれを感じることが出来ませんでした。
何だかがっかりしながら、大阪にも、わくわくするような まち や商店街を作りたいな、という思いが生まれました。

そんな気持ちのなか、とりあえす一旦飲食業は置いて、就職をしてみようと思いました。

ー現在の公的機関の就職支援で働くまでの経緯を教えてください

たまたま登録していた求人サイトで、今の職場を知りました。
若者向けに就職支援施設を運営している公的機関で、ちょうどこの「既卒ナビ」の施設版という感じです。

当時はこんな仕事があるとは知りませんでしたし、何となくハローワークみたいなもの? という漠然としたイメージしか無かったです。

ところが、今の組織が企画した本を読んで、びっくりしました。
その本というか冊子は、中小企業で働いている人へのインタビューをまとめた冊子で、
普通の人が、それぞれ一生懸命に仕事をしていることの魅力が伝わってくるものでした。

普通の人にスポットライトを当てるなんて、まさに自分がお店を出してやりたかったことそのもので、正直「先にやられた!」という気持ちでした。

選考で志望動機を聞かれたときは、「とにかく悔しい、悔しいです!」とこの冊子への思いを語りました。

また、Kという上司との出会いも重要なきっかけでした。
Kさんは、まあ見た目は普通のおじさんなんですが、仕事の説明が本当に面白かったんです。

「この組織でやる公共事業というのは、最初から100点の成果を出すことが目的ではなく、世の中に新しい仕組みをつくることに意義がある。
最初の事業は20点でも、改善点を提示して次へつなげることに80点分の仕事が出来ればいい。トータルでの100点を目指すんだ。」

そんな説明を聞いて、この人ともっと話をしてみたい、仕事をしてみたいと思いました。

ー現在の仕事のやりがいはなんですか?

仕事だけのことをいうと、正直凄く辛いし、逃げたいです。
上司の前で「逃げたいです」って泣きながら言ったこともあったくらい。
本当に辛い、辛いけど、楽しすぎるんですよね。別の道を示されても、絶対にここで働くことを選びます。

なぜだろう、と考えると、一緒に働いているメンバーが本当にいいからです。

今までの人生では接することのない人と出会えていると感じます。読んでいる本も、見てきたものも、全く違う。だからすごく勉強になります。

今の心境とこれから

ー今の心境について教えてください

実は今の仕事は1年契約で年度ごとの更新なので、4月以降も更新されるかはわからない状況です。

次の仕事は、というと具体的な仕事は何も思い浮かばないですね……。この仕事を続けられたら嬉しいですが。

でも「どう生きていきたいか」と問われたら「自分に素直に生きたい」と答えます。

こっちをやりたいって思ったら、そちらを選べるような人生。
わからないうちから自分を縛り付けるのではなくて、何かしら選択肢を持てるような人生がいいなと思います。

※取材時の内容を加筆修正しています

まとめ

いかがでしたか?
「将来についてきちんと考えないと」と悩んでいる人は、「自分がどうありたいか」と一人悩むのではなく、周りの人に相談したり関わりながら答えを見つけていけば良いのではないでしょうか?

公的機関でもエージェントでも相談に乗ってくれます。
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あなたらしい就職ができますように。応援しています。

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